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日本国憲法の「平和主義」

 

日本国憲法の「平和主義」

 

鈴木英輔

 

まず憲法第9条の全文を読み直して見よう。

9条   日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、

国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、

国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

この第1項は1928年に締結された不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)の内容を踏襲するものであり、何も問題は存在しない。サン・フランシスコ講和条約と旧安保条約の交渉に携わった当時の外務省条約局長西村熊雄も「これは、よろしい。」と淡々と断言した。なぜならば、現代の世界秩序は、たとえ国連による集団安全保障制度が瓦解した後でも、戦争の放棄と武力の行使の禁止は国際社会の基本法規であるからだ。その国際法規の原型となったのが1928年のケロッグ=ブリアン条約(不戦条約)と一般に呼ばれる「戦争放棄に関する条約」で、憲法第9条の「国権の発動たる戦争」や「国際紛争解決の手段」はケロッグ=ブリアン条約(「国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争」、「平和的手段」)のコピーなのだ。して、この条約は第一次世界大戦の戦後処理の一環として作り出された1919年の国際連盟規約やイギリス、フランス、ベルギーとドイツ間のラインラントの非武装化と国境の現状維持に関する相互保障条約を中心に関係諸国間で結ばれた他の相互保障条約をも含む1925年のロカルノ条約などの総決算とも言われたものである。凄惨な第一次世界大戦の悲劇を眼にして厭戦・反戦の平和主義が盛り上がったのだ。その証に日本も含めて当時の国際社会を構成するほとんどすべての主権国家がこの条約を批准したのだ。したがって、「戦争放棄」の規範は日本国憲法9条が元祖ではない。ましてや、憲法の中に不戦条約の文言が取り入れられたのも日本がオリジナルではない。 日本の憲法第9条の種本は、当時まだ米国の植民地であったフィリピンに勤務していたマッカーサーの熟知していた1935年に公布されたフィリピン憲法第2条第3項だった。そこに、「フィリピンは国権の発動たる戦争を放棄する」(”The Philippines renounces war as an instrument of national policy” )と規定されていた。(話が飛ぶが、安保条約を担保した日米行政協定もフィリピンのコピーだった。)

このように第一次世界大戦以降の欧米を席巻した一方的な「平和主義」は、ヒットラーの独善的領土要求と対外拡張政策を防止することはできず、欧州が再び戦火に見舞われることを嫌うイギリスとフランスは、ドイツの要求を1938年のミュンヘン会議で受け入れたのだ。これがミュンヘン会議を進めた英国首相の名を取った「チェンバレンの宥和政策」と呼ばれるものでドイツのヨーロッパにおける覇権を確かなものとし、第二次世界大戦への下地を作りあげたものだ。チェンバレンは「平和主義」に固守したのだ。平和的手段、つまり「言葉による問題解決は、いかなる場合であれ腕力による問題解決よりも優先されるべきである」という主張」であって(松元雅和『平和主義とは何か―政治哲学で考える戦争と平和』)、「たとえそのことで、問題解決の可能性が遠ざかり、あるいは自分にとって不利の結果に終わるとしても、非暴力を貫くことは、それだけの価値と理由があるのだ」という信念だという(同上)つまりその信念を堅持することに責任を感じるというマックス・ヴェーバーが「心情倫理」と呼ぶものであって(マックス・ヴェーバー『職業としての政治』)、その行為がもたらす結果には責任を負わないのだ。ひとつの特定の方法論・手段を堅持し、それを貫くことに価値があるという信念では、直面する問題を解決するという本来の目的を見失い、政策を実現することには役立たなかった。「平和主義」がその意図したこととは反対に戦争を誘発したという反省に基づき打ち出されたのが国連憲章2条第4項の規定だ。

 

すべての加盟国は、その国際関係において、武力よる威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。

 

この規定のみならず国連憲章全体の中では「不戦条約」で使われたれた「戦争」という言葉は(前文、第77条と第107条での過去の戦争と第二次世界戦争への言及を除いて)避けられ、「国権の発動たる戦争」という文言は用いれられず、その代わりに「武力による威嚇または武力の行使」という文言のみが使用されたのだ。そして、憲章第2条第4項の例外規定として憲章第51条において、国連加盟国は自国に対して「武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置を取るまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を」有する、と規定したのだ。 

 

 しかし国連憲章で想定された国際安全保障制度は機能しなかった。国連憲章で使われていない「戦争」という言葉がどうして日本国憲法に導入されたのかは、その回答は、前者が多国間の国際会議のプロセスで作り上げられたのと、後者が戦勝国アメリカの対日占領政策を反映したことの差にある。ただし、憲法前文にある「平和を愛する諸国民」(“peace-loving peoples”という文言は国連憲章第4条第1項に規定されている「平和愛好国」(“peace-loving states”)という加盟資格要件の一つに符合する、という指摘は正しい(松元、前掲)。ということは現時点での国連加盟国193の主権国家はみな一応「平和愛好国」という資格要件を満たしたことになっているはずだ。だからか加盟国の「公正と信義に信頼」すべきだということなのだろうか。創設以来1945年から今日まで「平和愛好国」という加盟資格要件を満たした諸国がどれほどの数の武力紛争に直接・間接的に加担してきたのが考えれば答えは明らかだ。過去の、それも近年の紛争歴を紐解けば、相手が一方的に暴力手段を用いてきたときに、「暴力に対して暴力で応答しないことが、平和主義の真髄である」と確信し「武力に武力で応答するという選択肢を取らず、あくまでも外交努力や非軍事措置による解決を目指す」ことは(同上)ミュンヘン会議の宥和政策の二の舞を踏むことになる。パンセの言葉が正鵠を得ている(ブレーズ・パスカル『パンセ』)

 

    力なき正義は無力であり、正義のない力は圧倒的である。力のない正義は反対される。なぜならば、悪いやつらがいつもいるからである。正義のない力は非難される。したがって正義と力とをいっしょにおかなければならない。そのためには、正しいものが強いか、強いものが正しくなければならない。

 

平和的に、説得力で「魅力によって望む結果を得る能力」だというジョ-せフ・ナイの「ソフト・パワー」もハード・パワーの裏づけが担保されているからその効力を発揮することができるのだ。

 「平和主義」は一様ではない。無政府主義に繋がる絶対平和主義から私的、公的平和主義の分岐論を通じて最後には例外として暴力手段に訴えることを許容する平和優先主義など平和主義は多様である。それでも、平和主義論者に一般的に共通なのは、「平和主義」と「非平和主義」のごとく、あたかも「平和的手段」と「非平和的手段」との間に何らの継続性がないことだ。一般に「戦争」は「平和」との反語として理解されており、「平和」に対峙する概念と見なされている。あたかも、そのような二つの概念が別々に存在しているように考えられていることに問題があるようだ。「平和主義とは、平和的手段を持って平和という目的を達成しようとする主義主張」であり、「平和的手段」とは「非暴力手段」のことだとだと断定するとき(松元、前掲)そこには、国家が「暴力行使という手段に支えられた、人間の人間に対する支配関係である」というマックス・ヴェーバーの認識はない(『職業としての政治』)マックス・ヴェーバーの言うように、政治が権力――その背後には暴力が控えている――というきわめて特殊な手段を用いて運営されるという事実」を理解すれば、平和主義者の提案する「非暴力戦略」の「市民的防衛」の実態が察しられよう。「市民的防衛」は市民が「集団行動として行う非暴力抵抗」だという。その「非暴力抵抗」は軍隊ではなく市民が主体となって「侵略軍を国境の外で撃退するのではなく、国境の中で撃退するという戦略をとる」という(松元、前掲)。この戦略を遂行する具体的な方法は大別すれば、「パレードや監視のような非暴力的プロテスト、ボイコットやストライキのような非協力、非暴力的占拠や第二政府の樹立のような非暴力的介入」があるという(同上)。しかし、これら列挙されたどの方法を見ても、ある特定の指導者が不在のままに、組織化されていない烏合の衆だけでは実行に移すことができないものばかりである。国防戦略を遂行するためには、たとえそれが市民の手によって行われるものであっても、ある一定の組織と指導者を必要とするのだ。まさに政治組織の形成と政治的支配権力の掌握である。そこでの決定的な手段は暴力であるという事実はたとえ市民的防衛集団でも避けられないのだ。

 いかなる暴力も、いかなる状況でも拒否するということは、暴力を勝手に行使する相手に屈することであり、無抵抗以外の手段をとらなかったという無作為が招く結果に無関心なのだ。政治においては、暴力こそが決定的な手段であるということを無視しているのだ。政治は権力の行使であり、その背後には暴力が控えているのであって、「倫理」の問題はこの権力の行使に関する目的と、その手段との間の緊張関係をどのように捉えるかに尽きるのだ。なぜならば、政治にはマックス・ヴェーバーが云うように「暴力によってのみ解決できるような課題がある」からだ。にもかかわらず、すべての暴力の行使を非道徳的であると拒否するものは、自らの手を汚さずに済ますという「綺麗ごと」である。しかも暴力の行使の決断とその遂行の責任を「非平和主義者」と批判する他人に転嫁しているのだ。###