マイケル・ピルズベリー著『China 2049』が警告すること 

鈴木英輔

   著者のマイケル・ピルズベリー博士は「1969年に中国との連携を後押しする最初の情報をホワイトハウスに提供したひとり」(『China 2049』(日経BP社、2015年、12頁。以下頁のみ)であり、それ以降、「数十年に亘って、技術と軍事の両面で中国を援助することを両党の政権に促してきた」人なのです。そして自ら「ニクソン政権以来、30年にわたって中国の専門家として政府機関で働いてきた。したがって他の誰よりも中国の軍部や諜報機関に通じていると断言できる」、と豪語しているひとなのです。(25頁)その人が、中国の世界制覇の戦略を見抜くことができず、中国に騙され続けていたと告白しているのですから尋常な話ではないのです。

 著者によると、過去40年に亘って、中国のタカ派は、北京の指導者を通じてアメリカの政策決定者を操作し、情報や軍事的、技術的、経済的支援を得てきた、という。そのもとになる計画こそタカ派毛沢東以降の中国指導者の耳に吹き込んだ「100年マラソン」と呼ばれるものであったのです。つまり、「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」というものだ、という(22頁)。それが原本のタイトル、『100年マラソン』(The Hundred-Year Marathon)なのです。この訳本は中国共産党革命の勝利である中華人民共和国設立1949年から100周年の2049年をタイトルにしています。

 

I.

 本書は、著者が中国の国家機密を暴露する、という代物ではなく、著者が自らの覚醒により新たに辿り着いた解釈のもとに、中国タカ派の主張こそが「中国地政学的戦略の主流である」(26頁)という著者の確信に基づく分析なのです。著者が本書の末尾の「謝辞」の中で述べているように、50年に亘る研究・情報分析のキャリアーをかけて本書は出来上がっていますが、その間34名の中国人「儒将」との議論や意見を戦わしたりする稀有な機会から得られたものも本書の形成に貢献しているのも事実です(360頁)。ただし、ここで大事なことは、著者が「誰ひとり、国家機密を守り共産党の方針を支持[訳本にある「指示」は誤植、つまり訳者・編集者の校正の間違い]するという誓いを破らなかった」(360頁)と特記しているように、本書には中国側からの新しい事実の暴露も情報開示は無いのです。当然のこととして本書の巻頭の「筆者注」にあるように「本書は、機密情報が漏洩しないよう、刊行前にCIA、FBI、国防総省の代理によって査読を受けた」(2頁)と記されているように、新たな情報は無いのです。

 したがって、驚くべきことは、米国側の中国問題専門家や対中国政策にかかわってきた政府官僚・政治家たちが中国の対外政策を読み違えてきた、ということなのです。米中関係修復の発端となったニクソンの訪中に関しても、「ニクソンから中国に近づいていったのではない。中国が、毛という人間を通して、ニクソンにち近づいてきたのだ。アメリカ人はそれを知らなかった」(87頁)とか、「政権はすぐ、秘密裏に、かつ強力に、中国を軍事支援した。すべては、米中は恒久的な関係を築きつつあるという間違った仮定に基づいていた」(93頁)のように、「一連の成り行きを、できる限り肯定的にとらえようとした」(132頁)ので、「1980年代にCIAあるいは国防総省で私と一緒に働いたスタッフの中に、中国がアメリカをだまそうとしてとか、諜報上の重大な失策を招く恐れがある、と考えていた人はいなかった」し(133頁)、「わたしが覚えている限り、中国にはさらに深い計算があり、やがてアメリカは対中戦略の見直しを強いられることになる、と予測する人はいなかった」のです(148頁)。さらに米国に不利なことが明らかになっても、「中国に関する私たちの満足と楽観は揺らがなかった」し(150頁)、米当局の大半は、反米の兆候を完全に無視したし、中国指導者のアメリカに対する非難は翻訳されないという指示があることを知っても、「その時ですら、わたしが中国の未来に対して抱いていた信頼は、多少、揺らぎはしても、消えはしなかった」ので(151頁)「私は依然として中国懐疑派ではなかったし、また、どの筋からの情報もこれは一時的な段階に過ぎないと語っていた」というのです(151頁)。

 

II.

 なぜアメリカ人は中国に対して自己に不利になるような客観的事象に対して「否定」するような思考を執拗なほどに執るのでしょうか。パール・バック女史が著した『大地』(1931年)に見られるような中国に対する理解、同情は数多くの米国人宣教師による宣教活動に裏ずけられたものでした。米国は他のいかなる列強よりも中国に対して寛容であったし、今でもその基本的な思考様式は変わってないのです。中国において現実的な利害が少ない米国は、中国の潜在能力を信頼をし、どちらかといえば理想主義的な政策に走る嫌いがあったのです。(ジョン・アントワープ・マクマリー[原著]/アーサー・ウォルドロン[編著]『平和はいかに失われたか』、原書房、1997年、119頁)。その同じ姿勢が本書のいたるところに見受けられます。その原因はジョージ・ケナンによると「我々自身の情緒的コンプレックス」にあるといいます(『アメリカ外交50年』、岩波現代文庫、2000年、78頁)。反対に日本にとって中国は、経済的にも、政治的にも不可欠な存在だったし、現在でもその状況に変化はないのです。そこに米国と日本の対中政策に全く違った利害関係を生んできているのです。

 日米関係は歴史的に絶えず米中関係に影響を 受け、悩まされて来ました。日・米・中三国の 共通項は、米国なのです。米・日関係と米・中 関係の競合関係は米国をもとに左右二辺に分かれるのです。ただし、米国という共通項を持っていても、日米の中国に対する利害関係には差があります。その差を持った二辺が創るいびつな三角形の底辺が日・中関係であり、そこに日米対米中という競合関係が投影されるのです。その後ろには、ピルズベリー博士が指摘するように、ブッシュ大統領ニクソン大統領の対中国政策を踏襲することを「アメリカのビジネスリーダーはよしとした。彼らは、いずれ世界最大の市場になるはずの中国とのつながりを深め、ビジネスの機会を拡大することを熱望していたからだ」といいます(140頁)。ちょうど、19世紀に眠れる獅子清国の富を求めて利権獲得のために乱入した如く、現在のヨーロッパ諸国が新たに設立された「アジア・インフラ投資銀行」に群がるのと同じです。 

 先に言及した『平和はいかに失われたか』にジョン・アント ワープ・マクネリーの手による「極東情勢の展開 とアメリカの政策」というメモランダムが収録さ れていますが、その中でワシントン会議が鋭利 に分析されています。その本の編者であるアー サー・ウォルドン教授が、日英同盟の解消は、「英国のアジア政策というよりは、英国の対米政策で あったとする方が適切であろう」という非常に興味深い評価を下しています(『平和はいかに失われたか』、60頁)。 そこで、日本の国益を考えるために一つの頭の体操として、この ウォルドン教授の評価を「日米同盟」に転化してみ ましょう。すると、現在日本が直面する問題が浮き彫りに成って見えてきます。日米同盟は、中国にとっては眼の上のたんこぶと考えており、両国の間に楔を打ち込もうとしています。中国は再三米国に対して米中の新しい「大国」関係を構築するようにはたらき掛けているのです。いつ米国が対中関係の認識を変えていくかは、中国と手を組むほうが米国にとってより大きな利益になると考える時でしょう。その一つが、電撃的なニクソン訪中であったのです。つまり日米安保条約の終結は、米国のアジア政策というよりは、米国の対中政策によって起こり得るものなのです。 かつての中国の広大な市場としての重要さに加え、いまや世界経済を牽引する「世界の工場」としての中国と、さらに益々力を増大してきている軍事大国としての中国とに対して、米国は経済力第2位の中国を必要としているし、米国と対峙するように成長した軍事大国である中国との大国同士の相互理解を深め相互の「行動規範」を作り上げる必要があることを充分認識しているはずです。 2014年から中国海軍は米海軍が主催する最大規模のリムパック(環太平洋合同演習)に招待されているのです。そこに日米の対中国観に、既に大きなずれが出ています。米国は、日本では普通イージス艦と呼ばれている誘導ミサイルを搭載している駆逐艦ラッセン」を国際慣習法国連海洋法条約によって認められている公海での「航行の自由」権を行使するために「航行の自由」作戦(FONOP)を実施いた、と言われていますが、その直後、11月7日に大西洋での最初の米中合同海軍演習が行われているのです。

 

III.

 では、その「航行の自由」作戦の実態はどうだったのでしょうか。「航行の自由」という権利は公海上のことであり、中国が領有権を主張している南沙諸島にある一つの岩礁を埋め立てて人口の島を造成して、その周辺の海域を中国の領海であるという国際法に違反する主張を認めないという意思表示を行動を以って示したわけです。そのために、中国が領海であると主張する海岸から12海里の海域内に入って航行をしたという発表がありました。ところが駆逐艦ラッセン」の航行の自由権の行使から三日も経たないうちに、「ラッセン」が実際に行なったのは、公海上での「航行の自由」権の行使ではなくて、領海内を航行する「無害通航」権の行使であった、という事実が出てきたのです。ここで留意すべき大事なことは、「無害通航」と公海での「航行の自由」というものは全く違う概念であり、それぞれ異なった結果を生じさせるものである、ということです。国際慣習法国連海洋法条約によって規定されている現在の海洋法体制の下では、「無害通航」というものは沿岸国の領海を通航するというすべての主権国家が同等に持つ権利であり、その通航が継続しており迅速に行なわれること、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、無害とされる、と規定されています。また、その通航にはいかなる兵器や艦載機の使用、調査活動又は測量活動の実施、通航に直接の関係を有しないその他の活動をすることは禁じられているのです。

 そもそも米国が「航行の自由」作戦にスビー礁を選んだのは、その岩礁が低潮高地のためと、その全部が本土又は島から領海の幅を超える距離にあるため、それ自体の領海を有しないからです。さらにその岩礁を埋め立てて造成された人工島は島としての地位を有しないし、それ自体の領海を持っていないからです。ですから駆逐艦ラッセン」の「航行の自由」作戦の目的はスビー礁の上に埋め立てをして人工島を造成したとしても、最初から領海をもち得ないのですから、そのような中国の一方的な領海の主張は承認しないことを示すところにあります。つまり、スビー礁の周辺の海域は公海である、という前提があります。残念ながら「ラッセン」が成し遂げたことはその逆のようでした。挑発と見られることを避けることに気を配りすぎ、「ラッセン」は公海上での航行の自由権を行使しないことを選んだのです。

 イージス艦一隻だけを派遣するということは確かに、あえてこれ以上の緊張を高めることは避けたい、という意図が読み取られるのですが、逆にどの国が理不尽な拡張政策を執って、この緊張を高めてきたのかを考えれば、米国の反応は時既に遅きに失し、「航行の自由」という示威行動の内容もあまりにも控えめで、穏便なものであったのです。何故ならば、イージス艦ラッセン」の執った行動は沿岸国の領海を通航するのに要求されている「無害通航」の条件を全て満たして通航する権利を行使したからです。

 「ラッセン」が、無害通航権を実質的に行使した、という事実は、結果として、「ラッセン」の執った行動は、スビー礁の海域は中国の領海であるという中国の主張を、その行動によって受け入れた、ということになります。「ラッセン」は搭載されている自前のヘリコプターを飛ばすことをせずに、対戦レーダーの運転を停止したままで12海里以内の「領海」を通航したのです。まして、「ラッセン」の艦載機ではないP-8Aポセイドン対潜哨戒機も、スビー礁から12海里の領空内に入らずにその空域の外にいた、という事実がこの「航行の自由」作戦の実態を如実に語っています。 端的にいえば、「ラッセン」の航行の自由作戦と呼ばれているものは、名称のみであって、実際の作戦行動自体が明らかに表明したものは、中国の領海であると中国が主張する海域の中を通過する「無害通航」権を行使した、ということなのです。もし実際に「ラッセン」が公海上での「航行の自由」権を行使していたならば、航行の自由権は、国際法で領海では許されない活動であっても、公海上では合法である活動を執行することができたはずなのです。「ラッセン」は、あえて、それをせずに公海上での航行の自由権が与える飛行の自由をも行使しなかったのです。つまり、「ラッセン」は、カーター国防長官が表明したような「どこでも国際法が許すところで飛行し、航行し、行動を執る」ことをしない道を選んだのです。同伴飛行をしていたP-8Aポセイドン対潜哨戒機は、スビー礁の人工島の上空12海里の“領海”と主張される空域には入らない、という選択をしたのです。

  実際に起きたことは、領海を予告なく通過するという国際法で許される「無害通航」をしたという事実です。米中両国がそのお互いの権利主張を公然と言い合うことは、公海上の「航行の自由」という公に発表された虚構を維持するための「カブキ」興行だった、との印象を避けられないのです。

 同じようなことが12月10日に起きています。米空軍のB-52爆撃機南沙諸島に位置するクアルテロン岩礁の2海里以内上空を飛行したが、それは意図的な出来事ではなく、12海里以内の上空を飛行する予定は全くなく、たまたま悪天候のためにパイロットが飛行すべきコースを外れてしまったのだと説明をしています。つまり国際法上認められている公海上空での飛行の自由を行使したとは主張していないのです。結果的には、駆逐艦ラッセンの無害通航と同じようにB-52の飛行は中国の領空の主張を受け入れているのです。 

 

IV.

 今年10月に開かれたアセアン(ASEAN)国防相会議で南シナ海の紛争に対して共同声明が採択されなかったことは、アセアン加盟国間の利害の錯綜のみならず、中国の増大する影響を無視できないことを示しています。中国は、自らが最も好み、得意とする外部者を排除して直接利害関係を持つ者のみを対象にした「一本釣り」をすることにより、その当該国と「二国間交渉」に入ることにより、自国の力を活用するのです。中国の「富」から恩恵を得たいと考える国は多々おります。中国の人民元が、IMFのSDRの構成貨幣の一つとなり国際通貨として認められることが決定されました。人民元の国際化を 世界財源として歓迎すべきなのでしょうが、人民元が国際決済通貨として使用される度合いが増せばますほど中国のブレトン・ウッズ体制への挑戦となります。中国は国際法規範、慣行を無視し、何のおとがめも無く拡張政策を追求しているのです。このような中国の政策は、膨大な陸のシルク・ロードと海のシルク・ロードと言われる「一帯一路」の大計画は「人民元金融圏」の構築への一翼を担うものですし、アジア・インフラ投資銀行は中国の世界覇権掌握のための道具なのです。中国の狙うところは中華世界秩序の構築と朝貢体制を再び復興させることなのです。本書で著者はリー・クアンユーシンガポール首相の話を紹介しています。「中国の目的は世界一の大国になることだ。そして、西洋の名誉会員としてではなく、中国として受け入れられることであり(中略)彼らの思考の中心にあるのは、植民地化とそれがもたらした搾取や屈辱より前の、彼らの世界である」とリーは明言していたのです。(351-52頁)。 

 人民元資金供給こそが中国の軍拡の原動力なのは周知の事実です。国際通貨となり、英国の援けもあり、ロンドン・シティーでユーロ・人民元金融市場が出来上がれば、中国は自由に人民元紙幣をさらに印刷することができるようになり、中国の軍拡は益々高まります。米中の軍事バランスは均衡するどころか、米国に不利になるでしょう。そうなる前に米国はその国益を護るために動くはずです。

 その時に、日米関係の重要性が故に、その緊密な関係を維持すること自体が日本外交の目的となるような国益を忘れ、独立国としての主体性を失った外交政策を執った結果、日本の頭越しに米中和解という「ニクソン・ショック」という悲哀と屈辱を二度と味あわないように、備えなければ成らないのです。それは、中国が公然と表明している願望である、「太平洋は米中両国を抱擁しても余るほど広大である」ので、太平洋を東西に二分して、東側は米国が、西側は中国が、それぞれ支配する、という中国が求める米国との「新しい大国関係」がいずれ成立する時に備えなければならないのです。###