「一つの中国」政策と戦略の逆説的論理

鈴木英輔 

  ドナルド・トランプ氏は米国の次期大統領となることが決定された直後に、「一つの中国」政策の見直しを示唆して世界を驚愕させました。台湾の蔡英文総統が大統領選の勝利の祝辞を伝える電話会談で、「台湾の総統」と公式名で呼んだからです。もちろん正式に大統領に就任する前の発言だとしても、それは突然なことであり、1979年の米中国交回復以来採られていた中国は唯一つであり、台湾はその一つの中国の一部であり、中華人民共和国政府こそが、その一つの中国を代表する唯一の正当な政府であるという立場からの抜本的な離別だからです。

 北京からの反応は素早く威嚇的なものでした。勿論、そのくらいの反応が出てくることは分かっていたはずです。「一つの中国」政策を否定することは、入念に創り上げてきた虚構を解体することであり、ましてその虚構の上に、1949年の建国以来の中国のすべての外交関係が成り立っているものだからです。

 不幸なことに、トランプ大統領はこの正しい立場から退いてしまいました。2017年2月9日に行われた習近平主席との「きわめて誠意のある」電話会談のなかで、「トランプ大統領は、習主席の依頼により、我々の一つの中国政策を尊重する」ことに賛同したのです。

 トランプ氏が前言を翻したことは、確かに米中間の深刻な対立に発展し得ない高ぶる緊張を緩和するのに一役買ったことは否定できません。但し、正しい質問は、一度発せられると、納得のいく回答が出てくるまで消え去ることはないのです。トランプ氏の「一つの中国」に関する発言は、「一つの中国」政策が本当に適切なのか、合理的なのか再び疑問を投げつけたのです。まさに、ツボから出てしまった精霊(ジニ―)を元に戻すことはできないのです。ですから、「一つの中国」政策の基にあるものとなぜこの政策が受容されてきたかを再吟味すべき良い機会だと考えます。

 

I.

 冷戦の初期、多くの国、地域は、西側の連合国自由主義世界と東側のソヴィエト圏の共産主義世界とを分けるイデオロギーの境界を反映しつつ分断されていきました。その象徴的なものが、冷戦によって分断されたドイツで、西ドイツと一般に呼ばれていたドイツ連邦共和国東ドイツと呼ばれたドイツ民主共和国でした。東欧および中央アジア諸国はソヴィエト連邦の一部として「連邦共和国」となるか、ユーゴスロバキアチェコスロバキアとに再編成されました。

 1989年11月のベルリンの壁が倒壊と1991年1月のソヴィエト連邦の崩壊した後、分断されたドイツは統合され東欧および中央アジア諸国はそれぞれ別々の独立国家になりました。さらにソヴィエト連邦の崩壊はユーゴスラビアおよびチェコスロバキアの解体を引き起こし、それぞれ別々の民族に基づく国家として独立したのです。その最近の例がセルビアから2008年に独立したコソボ共和国です。そのセルビア自体が2006年にユウゴスラビアから独立した国なのです。

 東アジアでも北ベトナムとしてのベトナム民主共和国南ベトナムとしてのベトナム共和国が1975年まで存在していました。ベトナム戦争終焉後、ベトナム社会主義共和国として国家は統一されました。

 現在でも東アジアにはまだ分断された国があります。大韓民国南朝鮮は1948年8月に設立され、朝鮮民主人民共和国、北朝鮮は1948年9月に建国されています。南北両朝鮮は、1991年に同時に国連加盟国となっています。ちょうど分断された東西ドイツ1973年に国連加盟国となったのと同じです。

 これらの分断された諸国は、どの一国として分断国家の承認に関して相互に排他的な方法、つまり、承認する国は分断国家のうち承認を受ける一国を選択し、他の一国の承認を否定するという方法を承認を受ける国から強要されることはありませんでした。中国はこの国際慣行から逸脱した例外なのです。中華民国(ROC)は第二次世界大戦時の主要国として国連安全保障理事会常任理事国になりましたが、ROCの政権を担っていた国民党が共産党との権力闘争である内戦に敗れ、台湾に退却せざるを得なかったのです。そして内戦勝利者である中国共産党は1949年に中華人民共和国(PRC)の建国を宣言したのです。

 PRC政府(中共政府)は中国本土を実効支配していましたが、中国政府として承認を受けている国民党政府が台湾でまだ健在で、その実効支配が及ぶ領域は台湾に限定されていても正当な政府として中国全土を代表するものと主張していたため、中共政府は中国の正当な政府として承認されていませんでした。この状態が二つの中国問題の始まりなのです。そこから中共政府が「一つの中国」原則というものを創り上げたのです。それは「一つの中国」政策とは違い、台湾は中国の譲ることができない一つの中国の領土の一部であり、いつか統合されるものであるということです。

 「一つの中国」政策・原則の異常なことは新しい政府である中共政府が他のすべての国に対して、中国と外交関係を結ぶときにはこの「一つの中国」政策・原則を受け入れ順守するように規定することです。従って、PRCと外交関係を持ちたいと願う国はどの国であっても今まで享受してきたROCとの外交関係を絶たなければならないことです。

 不幸にも、国連は1971年10月25日の総会決議によりROCを追放し、PRCを中国の正当な唯一の代表として承認し、PRCに対して国連加盟国としての中国の合法的権利を回復したのです。その結果、ROCは国連専門機関すべての加盟国の地位を失ったのです。しかし、このことは、ヘンリー・キッシンジャー氏の1971年7月の北京訪問を抜きにして、また、米国は中共政府が「中国における唯一の正当な政府」であり、台湾は「祖国に復帰されるべき中国の譲れない領土の一部」である、という周恩来の米中国交回復の条件をキッシンジャー氏が容認することなしに起きなかったことなのです。

 1972年2月28日の上海コミュニケで、米国は台湾海峡のどちら側にいる中国人すべてのものが中国はただ一つであり、台湾は中国の一部であることを主張していることを認めました。米国は中共政府が、「一つの中国、一つの台湾」、「一つの中国、二つの政府」、「二つの中国」、あるいは「独立した台湾」などを創り出すいかなる活動にも確固として反対していることを理解していました。

 1979年1月1日に米国は正式に中共政府との外交関係を樹立するにあたって、「中華人民共和国を中国の唯一正当な政府として承認する」と宣言したのです。それと同時に、米国は台湾とのすべての公式な関係を断って台湾の承認を取り消したのです。それでも、一つ覚えておかなければならないのは、米国の中共政府を「中国の唯一合法な政府」としての承認はそれとして、台湾が中国の一部であるかどうかという質問はまったく別のものであるということです。1979年1月1日の上海コミュニケ自体はこの問題を曖昧にしているのです。米国は「ただ一つの中国が存在し、台湾は中国の一部である、という中国の立場」を単に認めたにすぎないのです。では、当時の米国の立場はなんであったかを問うべきなのです。

 今こそ台湾の取り扱いに関するジョージ・ケナンが『フォーリン・アフェアズ』雑誌1964年10月号に発表した「日本の安全保障とアメリカの政策」に含まれている賢明な助言に耳を傾けることこそが必要なのです。ケナンの叡智と洞察力は、「中国が国連加入を認められるなら、アメリカ側の感情がどうであれ日本が直ちに全面的な外交承認へと進むことは現状ではほぼ確実であろう」と正確に予測したことからも立証されています。ですから、ケナンの助言をよく聞くべきなのです。ケナンは「台湾の将来は中国の一部としてしかありえない」という硬直した考え方に縛られない方法をとるように進言しています。そのような硬直した考え方が1943年のカイロ会談当時の状況から派生していることが問題なのだというのです。米国は「この点に関して、より現実的な立場をとり、台湾の最終的な地位は、1943年以来の情勢変化に照らして、住民感情を充分に考慮し、太平洋地域一般の平和と安全を守る見地から最終的に決定すべきことだと確認」すべきだと進言しているのです。

 米国は時がたつにつれてその立場を変えることがあるように、他の諸国も同様にそれぞれの立場を変更するのです。30年間も頑なに中共政府を承認することを拒んでいた米国がその政策を突如翻したことをお忘れではないでしょう。米国が、台湾は中国の一部ではないという新たな立場を言い出すことは全く可能なのです。

 

II.

  中華帝国が中国以外の世界から区別されるのは、中国が世界の中心であり、世界の他の諸国は文明化されておらず、これらの未開民族は中華帝国の権威と権力を受け入れている限り、中華帝国の慈悲深い保護と寛大さを享受する生活を許される、という世界観によります。エドワード・ルトワック氏がその著書The Rise of China vs. the Logic of Strategy (奥山真司監訳『自滅する中国』)で説明したように、

   「実際のところ、従属する朝貢国に中華帝国が与える最大の利益は、倫理・道徳  的な面と同時に、政治面で中国の勢力範囲、つまり「天下」という同心円圏の中に入れてもらうことであった。「天下」とは、皇帝自身を中心として外に拡がる、「天下の下にある全てのもの」であり、朝貢してきた国を、最低の野蛮な世界に生きている外界の蛮夷たちよりも上位の世界に引き上げてくれるものなのだ。その代わりに朝貢国は恭(うやうや)しく服従することで、皇帝の倫理・道徳面での優位と同時に、政治面での優位も認めるのだ。」 

 端的に言えば、中国は中国と取引を望む国はいかなる国に対しても中国が与える「定義」を受け入れ、中国が創ったルールを順守し、中国共産党の中央政治局が奏でる福音に従って行動を執ることを規定するのです。

 今日の根本的な国際法の原則は、大小を問わず主権国家の平等です。主権の平等原則は国際関係を営む行為や国連設立のための礎になるものです。しかし、中国の世界観に深く根を張っている冊封体制はそのような主権平等に基づく国際取引を排除しています。よって、国際関係における中国の行為・行動の多くの面で中国は国際的標準とされている一般的国際慣行に従っていないのです。さらに悪いことに、中国は公然と国際的判決を拒絶しているのです。その最近の例が、南シナ海で中国が主張する「九段線」なるものの不当性についてフィリピンが提訴した2016年の南シナ海仲裁裁判の判決です。北京は常設仲裁裁判所が下した判決を「当然無効」で「根拠の希薄な」判決と呼び、中国の王毅外務部長はこの判決を「法の体裁を付けた政治芝居」だと切り捨てているのです。

 中国の最も好む交渉方法は、第三者の介入を拒み、懸案問題に係る直接的当事国同士で行う「二国間交渉」です。2010年7月に行われたアセアン(ASEAN)の会議で中国の楊潔―外務部長は「二国間問題を国際問題あるいは多国間問題に変えることは、その状況を悪化させ、また問題解決に多くの困難を増加することになる」と言明しているのです。このように中国は、紛争は「直接的に係わっている国同士の間で交渉を通じて平和裡に解決」されるものであるといつも主張しています。つまり中国は、力の立場から一つの機会に一つの国と、ルトワック氏の言葉を借りれば、「冊封体制の本質的に不均衡な二国間主義の下で」交渉をするのです。

 北京のリーダーシップは、世界秩序に関する中国の伝統的なヴィジョン、つまり天下の下での冊封体制が「世俗的なハイカルチャーの道徳的、儀式的、そして美的な枠組みにおいて、普遍的な権威を結びつけるものだ。同時にこのヴィジョンは、公平で人道的な統治と、適切な社会関係を評価するための、社会的・道徳的基準をもたらすのだ」と信じているのです。そのような信念は国際関係を営む上で北京の指導者をして独善的で傲慢な体質を育むようにしてきたのです。そして、同時に、中国の国民にとって政府が発表した公式な政策を遂行することの間違いのなさを深く浸透させたのです。これらに関連する実例は国際関係にも国内問題でも余るほど存在します。前者の顕著な例は国際法を公然と無視した南シナ海における人工島の造成とそこに建設された軍事施設であり、いかなる海洋資源―それが公海でも、他国の領海やEEZの中にあっても―に対しても飽きることがない貪欲さであり、後者の例は、一般住宅地域やその近辺にある大気、河川、湖水、土壌などの環境汚染に限らず、さらに驚くことに、住民が日常使用し、消費するにも拘らず、有毒な製造品や加工食品が頻繁にかつ広範に出回っていること現れています。

 中国は国際規範と慣行を無視し、咎めもなく平然と「中華民族の偉大な復興の実現」を求めるために無頓着に外への拡張に専念しているのです。アジア・インフラ投資銀行(AIIB)を例にとってみましょう。AIIBは多国間の協力や協議の下で参加諸国が提案された国際機関の目的や目標を討論し、審議して出来上がったものではないのです。AIIBは中国共産党の中央政治局常務委員会の政策決定と指示の結果として創り出されたものなのです。

 AIIBの主な目的は、恐らく私の考えでは、「シルク・ロード経済ベルトと21世紀海洋シルク・ロード」と呼ばれ、一般には、「一帯一路イニシアチブ」と知られている壮大な計画を達成するための金融手段として利用するためだと考えます。この計画は、習近平主席が2013年9月にその概要を発表したもので、北に新たなユーラシアの経済ベルトを包含する広大な経済圏と、南に中国の東海岸から始まり南シナ海を通りインド洋、中東および東アフリカの国々を経て欧州連合に至るという新しい海洋ルートを創設するのが目的なのです。AIIBは習近平主席のいう「中国の夢」を実現するための手段なのです。

 勿論、このAIIBに参加することによって恩恵を享受する国はたくさん存在します。膨大な中国の市場が持つ魅力と誘惑には勝てないのです。どの国も中国が持つ国土の単なるサイズや人口の大きさだけにでも目をくらまされているのです。ちょうど、列強諸国が競って清国に群がって行ったようにです。これこそが米国をして1899年に中国に対する「門戸開放政策」を要求させたのと同じ自然な期待なのです。しかし、現在の中国は、かつての清国とは違い、「中華民族の偉大な復興の実現」に向けて邁進しているのです。

 ところで、リチャード・ニクソンがなぜ「一つの中国」政策を受け入れたのか、その基本的な根拠的理由が何であったのか思い出してみましょう。ニクソンは1967年の『フォーリン・アフェアズ』雑誌に発表した“ヴェトナム後のアジア”の中で以下のように説いています。

  「世界は中国が変わるまで安全になれない。よって我々の目標は、出来事に影響を与えられる限り、その変化を呼び起こすことにつきます。これを実現する道は、中国に対して変わらなければならないことを説得することです。つまり、中国はその帝国の野心を満たすことはできないし、そして中国の国益が必要とすることは外国での冒険行為から撤退することということです。」

 ニクソンは莫大な戦略的賭けを打っているということを知っていたのです。つまり進言していることは、短期的には、北京に対して「中国の利益は国際的礼節の基本的ルールを受け入れることによってのみ報いられる」こと説得する政策と、そして長期的には、「中国を国際社会に―それも世界革命の世界の震源地としてではなく、偉大な発展している国として引き戻す」政策を進言しているからです。残念ながら、既にマイケル・ピルズベリー著のThe Hundred-Year Marathon野中香方子訳『China 2049』)に詳細に分析されているように、中国の要求を受け入れつつ中国と取り組み、養い、そして発展させていくという戦略的賭けは期待していた結果を生み出さなかったのです。1989年の天安門事件こそが、産業化したリベラルな民主国家の中国に対する取り組みと強化は何ら政治的自由の改善を創り出さなかった、ということを認識すべき覚醒コールだったのです。「一つの中国」政策を受け入れる根拠の理由は既に長い間その存在価値を失っていたのです。

 中国は国際社会で自国の持つ経済力や軍事力に相応な尊敬と地位を得ることを要求し ています、ちょうど米国との「新しい大国関係」を要求しているのと同じようにです。しかし、国際的に受容されている行動・行為基準の奨励や遵守になると、中国は都合よく開発途上国の姿を見せるだけではなく、国際慣行を無視するのです。

 AIIBの最終的な目的は、自由主義経済と民主主義原則に反した権威主義的資本主義という装いを持った中国中心の世界観を推進することなのです。中国は、その驚異的勃興は何ら民主主義に関係がないことを自覚しており、むしろ、重商主義外交政策の一環として権威主義的資本主義という中国ブランドを成功裡に推進することにより自由主義・民主主義原則経済に替わるモデルを提供しているのです。

 なぜ「一つの中国」政策を受け入れたのか、その根本的理由に照らして、今までの中国の国際社会での行動・行為を再吟味すれば、中国の定義とルールを受け入れることにより中国の重商主義的対外政策が推進する中国の権威主義的で非民主主義的資本主義を応援することは、自由主義・民主主義国家にとって単に全く愚行であるのみならず、全く矛盾していることなのです。

 

IV.

 台湾は事実上の国家です。それも、「一つの中国」政策により、かつてはROCと通常の国際関係を享受していた同じ政府がその承認を取り消したからです。台湾は民主国家であり、躍動する経済を持っています。「非公式」であっても、台湾は他の多くの諸国との広範囲にわたる国際活動・事業に携わっているのです。そして世界の平和と繁栄に多大な貢献をしているのです。

 「一つの中国」政策は歴史的遺物になるはずです。エドワード・ルトワック氏の言葉を借りれば、「戦略の逆説的論理」の最終的な結末です。その「戦略の逆説的論理」は、「他のすべての大小の国々が中国に対して、監視したり、抵抗したり、避けようとしたり、あるいは対抗したりし始めたというの反応を通して」作動されています。香港で起きた最近の出来事が「一つの中国」政策を受け入れる時点で考えられていた台湾と大陸との「平和的再統一」といわれるものが達成できないことを明示しています。すでに時は台湾側にあるのです。すでに歴史は再統一ということを通り過ぎてしまっているのです。台湾海峡は台湾と中国の恒久的分離の象徴なのです。中国が台湾海峡に中国唯一の航空母艦遼寧」を派遣したことはこの分離を永久なものにしたのです。

 では台湾は、この中国からの台湾の分離を台湾の独立を宣言することなしに、どのように正当化すべきなのでしょうか。蔡英文台湾総統は就任以来、現状維持政策を継承すると言明しています。従って、するべきことは、展開する現状に対して事実上の現実を漸増的に強化し続けることです。まず、もう国際法上存在しない「中華民国」という名称を使わずに、「台湾」と「台湾人」という名称を使用続けることにより新しい「民族の自己同一認識」(national identity) を創り出すのです。そして他の国々に対してもそうしてもらうように静かに依頼するのです。この事実上の実践行為をするのに何ら公式な指示も法令も必要としないのです。この事実上の現実を着実に強化していく静かなやり方は、ジョージ・ケナンのフオーミュラにあるように、「中国との恒久的な結びつきの可能性を排除もしないし、又保証もせず、それがいったいどんな形になるかを定義することもしない」のです。そのような方法は「一つの中国、一つの台湾」というより建設的な解決策の発展を可能にするのです。

 国際的規範と期待はすべて台湾側にあるのです。民族自決権と国際紛争の解決に武力の使用禁止原則です。ドナルド・トランプ氏の過去のオーソドックスな慣習に縛られないという新鮮な考え方は他の国々が今まで普遍的なものと考えていた「一つの中国」政策から袂を断つ助けになるのです。###