安倍首相の戦略構想

 

安倍首相の戦略構想

以下のエッセイは、安倍晋三氏が首相になる数日前(2012年1227日)にプロジェクト・シンジケートから発信したものです。本文は “Asia’s Democratic Security Diamond” という題で英語で書かれておりhttp://www.project-syndicate.org/commentary/a-strategic-alliance-for-japan-and-india-by-shinzo-abeからオン・ラインで読めます。プロジェクト・シンジケートは、世界最大の言論組織で各界の著名な人による論考・分析を全世界の名の有る新聞紙に配信するグローバルなNPOです。 

 以下の訳文は私が勝手に、無断で訳したものですのですので、著者ご本人から公認されたものではないことをお断りいたします。      

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                            アジアの民主主義国の安全保障ダイヤモンド

                                                       安倍晋三

20121227

 2007年の夏に、私は日本の総理大臣としてインド議会の中央講堂で演説する際、ムガール帝国のダーラ・シコー王子が1655年に上梓した本のタイトルを拝借して「二つの大海の合流」について語りましたが、そこにご出席なされたインド議会の立法者の拍手喝采と足を踏み鳴らすほどのご賛同を得たことを覚えております。それから5年の間に、私は自分が云ったことが正しかったと今まで以上に強く確信するようになりました。

 太平洋における平和、安定と航海の自由はインド洋の平和、安定と航海の自由と不分離の関係にあります。お互いに影響を及ぼす出来事はさらに密接に連携しております。アジアにおける最古の海洋国家・民主主義諸国の一つである日本はこの二つの地域における共通利益を保護するためにより大きな役割りを果たすべきだと思います。

 しかし、益々、南シナ海は「北京の湖」に成りつつある様に見えます。それは専門家が云うように、中国にとっては、ちょうどオホーツク海がソ連にとって意味したのと同じようなものなのです。つまり、そこは人民解放軍の海軍が、核弾頭を装備したミサイルを発射できる原子力攻撃潜水艦を常駐させることが出来るほどの深さがある海なのです。まもなく人民解放軍海軍の新たに建造された航空母艦を目にすることは日常茶飯事になるでしょう。それこそ中国の隣国を脅かすに充分なものです。

 ですから、日本は中国が東シナ海にある尖閣諸島の周りで日々執る力ずくの行動に屈服してはならないのです。たしかに、人民解放軍海軍の軍艦ではなく、中国の軽武装の公安監視船だけが日本の接続区域と領海に進入していますが、この種の少し「柔軟な」やり口に騙されてはいけません。これら船舶のプレゼンスを通常なことと見せることによって、中国は尖閣諸島の周辺の海域での中国の管轄権を既成事実として確立しようとしているのです。

 もし日本が屈服するようなことになれば、南シナ海は中国によりさらに防備を固められるでしょう。日本や韓国のような貿易立国にとって死活問題である航海の自由は大幅に制約されるでしょう。日本の艦艇に加えて、米国の艦艇も、二つのシナ海はその大部分が公海であるのにも拘らず、その海域に入ることが難しくなるはずです。

 そのような展開が起きうることを危惧し、私は日印両政府が太平洋とインド洋全域での航海の自由の後見人として共に協力し合い、各々の更なる責任を担う必要性をインドで話しました。正直に言って、私は中国の海軍と領土の拡張が2007年以降これほどのスピードで進展するとは予想しませんでした。

 現在進行中の東シナ海南シナ海での紛争が意味することは、日本の最も優先的な政策は日本の戦略的視野を拡大することでなければならないことです。日本は成熟した海洋国家であり民主主義国です。従って、日本が選ぶ親しいパートナーは当然なこととしてこの事実を反映します。私が描く戦略はオーストラリア、インド、日本、と米国のハワイ州を結ぶダイヤモンドの形態を共に創り、インド洋から西太平洋まで続くこの海洋公共財を共に護ることです。私は、そのために、日本の能力を、この安全保障のダイヤモンドに出来るかぎり投資する用意があります。

 私が2007年にひいた路線を日本民主党の私の対抗相手が継承していることは評価されるべきだと思います。つまり、民主党はオーストラリアとインドとの関係を強化することに努めてきました。

 両国について云えば、インドは、東アジアの国家であり、アンダマン諸島とニコパル諸島をマラッカ海峡(世界の貿易のほぼ40%が通過するところ)の西側の末端に抱えているわけで、その重要さは更に強調されるべきです。日本はインドと定期的な制服組同士の二国間防衛会議を現在行っていますし、さらにいまは、米国を含む公式な三国間会議を始めました。しかも中国が多くの製造過程に必要な成分、レア・アース鉱石の供給を外交のテコとして利用することに決めた時には、インド政府は日本にそのレア・アースを提供する協定を結ぶというすばらしい政治的気転を働かせてくれました。

 私は、英国とフランスがアジアの安全保障の強化に参画するためにアジアに再登場するように呼びかけたいとも思います。英国とフランスがふたたびアジアに戻ることにより、世界で日本が位置する地域にある海洋民主主義諸国は、多大な恩恵を受けるものと考えます。英国はいまでも、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、そしてニュージーランドとの間で結んだ五カ国間防衛取極めを大事なものと考えております。私は、日本がこのグループに参加して、例年その加盟国と一緒に一堂に集まり協議し、小規模であってもその軍事訓練に参画すべきだと期待します。一方で、フランスはタヒチにあるその太平洋艦隊が最小限の予算で任務についていますが、見かけ以上の実力を発揮してくれるものと思います。

 という訳で、日本にとっては、米国との同盟関係を修復することが何よりも重要なことなのです。アジア・太平洋地域への戦略を米国が再編成している時に、米国は日本を必要とし、同じように日本も米国を必要としています。2011年に起きた日本の地震、津波、原発事故という三重災害の直後に米軍は平時には未曾有の規模での人道的救済作業を行ってくれました。これこそ、日米同盟条約が育んできた60年の絆が本物であるという強力な証です。伝統的な米国との関係を失えば、日本が果たすことが出来る地域的な役割やグローバルな役割は縮小・削減されることになります。

 私としては、日本の最大の隣国である中国との関係が多くの日本人の幸福のために重要だと考えます。でも、日中関係を改善するためには、日本はまず最初に太平洋の向こう側にその関係を基づけなければなりません。なぜかと言えば、日本の外交というものは、結局、民主主義、法の支配、そして人権の尊重に常に基づいていなければならないのです。このような普遍的価値こそがまさに戦後の日本の発展を導いて来たわけです。ですから、私は2013年とその後もアジア・太平洋地域の明日の繁栄はこのような普遍的な価値にも基づくものであると確信しております。