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「アジア・インフラ投資銀行」(AIIB)の虚像と実態

「アジア・インフラ投資銀行」(AIIB)の虚像と実態

 

鈴木英輔∗

 中国が主導する「アジア・インフラ投資銀行」(AIIB)の加盟予定国が当初の予想をはるかに凌ぎ、現在加盟国となるとその意思を表明した国の数は既に57カ国にもなった、と中国財務省は4月15日に発表しました。まして、米国がAIIBの意思決定プロセスや経営方法の不透明さを理由に慎重論を唱え、同盟国・友好国に対してAIIBに参加しないようにと呼びかけていたにも拘らず、米国との「特別な関係」を誇示する英国自身が先進主要経済国で形成されているG7の中からまず最初に参加を表明したことは、日米両国にとって驚愕どころか失望の念を禁じえない空気を醸し出していきました。その当然と受け止められるような帰結として、今まで米国と肩を並べてきた隣国のカナダもAIIBへの参加になびき始めており、G7は日米二カ国を除けば総崩れとなるような姿を見せています。それまで米国の反応を窺い注視していた他の中小の友好国も「遅れをとるな」とばかりに次々とAIIBへの参加表明に走っていったのです。習近平国家主席はこれを「予想だにしていなかった」と自らの満足感を4月3日に開かれたインドネシアでのアジア・アフリカ会議バンドン会議)の60周年記念首脳会議で吐露しているのです。

 今や加盟国数で創立50周年を迎えるというアジア開発銀行(ADB)にも匹敵するといわれるようになったAIIBに、日本は「バスに乗り損ねた」、「アジア諸国のなかで取り残された」、「指導力を発揮できない」など、「不透明性にまつわる疑念が払拭されない限り参加表明はしない」という日本の採った政策の選択肢は「大誤算」であった、と避難する意見が巷では極めてポピュラーになっています。本稿では、何故日米両国が採った意思決定は同盟国という枠組みを離れても、正しい理にかなう選択であったかを、現時点において描かれているAIIBの基本的な問題点を整理しつつ明かにしたいと考えます。

 その前に、基本的な状況認識として、以下の事実を確認しておきましょう。まず第一に、より良い生活を創造するためにアジアが必要とする橋、道路、鉄道、空港。港湾、発電・通信施設、上下水道などのインフラ整備の需要は膨大な規模と量であることに疑いや異論は存在しないことです。第二に、その膨大な需要を満たすための財源が既存の金融機関だけでは供給できないという冷酷な現実もよく理解・認識されていることです。したがって、AIIBの創設は間違いなく必要であり、歓迎すべきものなのです。

 

I.

 世界銀行やアジア開発銀行以外に新たに創られる別の金融源は、今まで日米両国にコントロールされてきた国際金融慣行とはべつの新しい代替物として競争相手が生まれるわけですから喜ばしいことなのです。ましてインフラ開発の需要に応えられる総財源の量が拡大するのですから、アジアのインフラ整備・開発にとって良いことだけではなく、誰もの利益になる多様性と複合性を促進するものでもあるのです。

   では、何故、日米両国は積極的に参加表明をせずに躊躇するのでしょうか。新たな国際開発金融機関を創設すること自体が多様性を増大するのですが、その多様性というものは、基本的に人間相互の選択の自由を認め合う枠組みが整っていないと達成できないのものなのです。しかし中国が、世界の経済大国としてその増大する国力に見合う地位と権限を求めたIMFに対するガヴァナンスと加盟国の出資比率に対する多様性は、2010年のIMF理事会・総務会の決議で承認されているのにも拘らず、米国の実質的拒否権に遭い、いまだに実現できていません。中国はこのような理不尽な現実を経験して来ているのです。ですから、かつて1997年のアジア金融危機の後に日本が主唱した「アジア通貨基金」(アジア版IMF)構想が米国の反対によってつぶされたという苦い経験を持っている日本としては中国の不満は十分理解できるはずなのです。にも拘らず、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)諸国は、自らが「新しい開発銀行」と名づけた国際開発金融機関で、IMFや世銀と同じように、創設国が恒久的に支配できるように、創設国に対しては投票権(voting power)が55%以下にならないように下限を定め、その他の加盟国は、非創設国、借り入れ国、非借り入れ国と加盟国のクラスを細かく分類して、それぞれのクラスに投票権(voting power)の上限を規定したのです。これがIMF/世銀の不公平さを批判した国が同じような不公平さを組み入れた国際開発金融機関を新たに創っているのです。このIMF/世銀の代替物として創りだされた国際開発金融機関の権力構造は、「資本主義者」の寡占と「共産主義者」の平等な政治局員による完全な支配なのです。創設国は、そんな銀行をジョージ・オーウェルに習って「新開発銀行」と呼称したのです。

   同じようにこの「新開発銀行」に呼応して、既存のブレトン・ウッズ系国際開発金融機関とは違う代替物として創りだされたのがAIIBなのです。習近平国家主席が描く膨大な「一帯一路」計画というものは「陸の新シルク・ロード経済ベルト」と「海のシルク・ロード海路」で囲まれた地域を指しており、その海路は中国東海岸から始まり、南シナ海、インド洋、中東諸国及び東アフリカ諸国を経てEUに到着する、という膨大な構想です。これは、中華民族の夢である「中華民族の偉大な復興」を実現するためであり、そのためにAIIBがあるのは疑い無い事でしょう。このようなAIIB構想が出てきた経緯とその文脈を考えれば、このAIIBは国際法上の主体として加盟国の意思がどのようにその意思決定プロセスの中に反映されるのかという懸念は、国内に前代未聞の経済格差問題を抱え、高度成長期が終わり、国内市場の飽和状態の中で生産能力の過剰と在庫処理に悩まされて、低迷する国内経済状況の現実が目の前に存在するときに、その打開策として、その悩みの種である「過剰生産能力」と「余剰労働力」のはけ口として、中国の利益の拡大を図るために、AIIBが、国際機関というよりも、中国の外に向けて膨張する政策を傍若無人に押し進める手段として利用されるのではないのか、という恐れがあります。南シナ海に見られるような国際法を無視した領土・領海拡張政策による中華冊封体制の構築とブレトン・ウッズに代表される米国の国際金融覇権に対抗する人民元金融圏の形成を狙っているのではないのかという懸念を払拭できないからです。

   では、一般的に日米が持つ根強い疑念はどこに存在するのでしょうか。それは、AIIB構想が発表された時点から今まで、国際機関の創設に不可欠な多国間の協議がおこなわれずに、すべて中国の独断によって設立準備が進められ、設立に至るまでのタイム・テーブルが決められているからです。しかも設立協定の草案すら公表されていないのです。AIIBの組織構造、意思決定機関の有無、アジアの地域銀行なのか否か、一つの組織としての概要がまったく公表されていないのです。にも拘らず、中国は、2015年3月31日を締め切りとして、その日までに参加の意思表示をした国はAIIBの創設国と見なす、と発表して、「この指とーまれ」と参加国を誘ったのです。「アジア・インフラ投資銀行」は国際開発金融機関であって、身近な言葉で表現すれば、加盟国が株主である株式会社と似ているのです。加盟国になるのには、国はこの銀行に税金を使って投資をして銀行の株式を買うわけです。加盟国の株主としての「投票権」は国連のように一国一票ではなく、その加盟国の出資額、つまり、どれほど株式を保有しているかによって加盟国の投票権(voting power)に差が出てきます。大株主はその出資額に見合う投票権限を保有するわけです。ですから中国は最初からAIIBの資本金総額の50%を出資すると高々に発表したのです。

    以上のようなことが一般的に日米の財務省筋が口にするAIIBの組織運営に関する「不透明さ」であり「ガヴァナンス問題」といわれるものです。

 

II.

 AIIBに参加表明をした国が「アジア・インフラ銀行設立準備に関する覚書」に署名したということは、加盟国になる用意がありますよという参加の意思表示であり、それ以上でも、それ以下でもないのです。つまり、それは「アジア・インフラ投資銀行設立協定」という国際条約に最終的に署名して、その国の議会でその協定が批准されるのを条件として、正式に参加する意思があることを表明したことにすぎないのです。現在57カ国が参加意思表示をしていると言われますが、協定の作成は4月27日に始まったばかりです。すでに加盟国の出資比率に合意が見られないことが明らかになりました。創設国といわれる57カ国の代表団が協定の細部にわたりすべての条項に議論と交渉抜きに同意することなど考えられないのです。4月27日より中国主導の下に協定草案を作成する交渉・作業が始まりましたが、交渉の争点となるものは、授権資本の総額、株式の額面価額、払い込み株式と請求株式の比率、株式の応募に関して、株式数の上限あるいは下限のような制約の有無、常駐の理事会の有無、理事の総数、加盟国のアジア地域内・域外という分類の有無、貸付け業務の審査は誰がするのか、非加盟国からの調達の是非など、57カ国の創設国が集まれば相互の利害関係が錯綜する中、それぞれの国益をめぐる駆け引きが熾烈になります、以下に問題点を一つずつ見てみましょう

       1. アジアの地域銀行?

 

「アジア・インフラ投資銀行」はアジア開発銀行(ADB)を補完するものである、という主張がなさていますが、加盟国の分類、アジア地域内国と地域外国という分類を規定するのかという基本的な方針が定まっていないのが現実です。この「域内」と「域外」との区別は直接に出資比率に反映されるからです。ADBを例にとれば、「域内加盟国」の総株式保有比率は、いかなる株式の応募であっても、「域内加盟国が保有する資本の割合を応募済資本の総額の60パーセント未満に減少させることとなる」ものは許されないのです。何をもって「域内国」とするかは、国連のアジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の付託条項に規定されているアジア・太平洋地域に記載されている国と定められています。AIIBの場合でも、初代総裁になるであろうと云われている金立郡氏は、域外国は総資本の25パーセントを上限とすると既に発言しています。しかし、何の基準によって域内と域外とを区別をしていくか不明のままです。ADBの場合は、域外加盟国は先進国(developed countries)と規定されており、域外加盟国はADBの貸付融資の対象になりません。

 欧州復興開発銀行(EBRD)は、域内・域外の区別をしていませんが、その授権資本の過半数をヨーロッパ連合(EU)加盟国、EU,とヨーロッパ投資銀行で保有されなければならないと規定されています。さらにEBRDの開発援助の対象領域は、本来の「中央及び東ヨーロッパ諸国」に加え「モンゴール」と「南及び東地中海諸国のうち銀行が決定した国」と開発援助領域を拡大してきましたが、開発援助領域というものはあらかじめ明らかに規定されているのです。 

     2. 理事会の構成

 一般に、理事会の構成人数と選挙方法は加盟国が地域内と地域外に区別されるか否かによって違ってきます。そもそも地域内加盟国と地域外加盟国とでは、出資総額が、たとえば、60パーセント対40パーセントのように、あらかじめ差があります。ですから、域内加盟国の理事は域内加盟国によって選挙されるし、域外加盟国の理事は域外加盟国によって選挙されるという別々の選挙方法を採っているのです。但し、「新開発銀行」のように、地域区分のない機関では、出資比率によって規定して行くのです。BRICS諸国は創設国として「新開発銀行」の総投票権(voting power)の55パーセント以下にならないように出資比率を定めているのです。そのような枠組みの中で、「新開発銀行」の理事会は10名の定員の内、5名を創始国BRICSの5カ国からそれぞれ直接任命され、残りの5名の理事を他の加盟国が選出するわけです。

 既に加盟を表明した創設国となる国が57カ国もあり、ADBの加盟国数67カ国に匹敵しつつあるのですから、理事会の規模も同じぐらいになるとすると、12名です。そのうち、例えば,3カ国が主要株主国としてそれぞれの理事を直接単独で任命するのです。その他の加盟国は、残りの理事と同数のグループに配分されて、そのグループを各々の「選挙区」として一人の理事を選出するのです。当然、その「選挙区」内で最大株主である加盟国の候補者が理事として選出されることになります。

 既にAIIBの設立準備チームを率いていて初代総裁とうわさされている金立郡氏の意見では、域内加盟国の総株式保有比率は75パーセントになると明言しています。加盟国の投票権はその株式保有比率に比例しますので、域外加盟国の株式保有比率はたかが25パーセントに過ぎず、その25パーセントをオセアニア(2)、中東・アフリカ(11)、東西ヨーロッパ(中央アジアの6カ国を含む24)と南米(1)という合計38カ国で争奪することになるのです。よって、域内・域外の75:25という比率を修正しない限り、域外加盟国にとって、参加意思表明をした時点

で期待されたような加盟国としての利点は生じないことは明らかでしょう。 

      3. 理事会と総裁との力関係

 

おそらく総裁はAIIBの最高意思決定機関である総務会で選出されるものと思われますが、既に設立準備事務局の代表者である元中国財務次官・金立郡氏が有力視されています。理事会は通常は常駐の現場での最高意思決定機関です。そこで常に組織の運営に関して問題になるのが理事会と総裁の力関係なのです。世銀のユージン・マイヤー初代総裁が理事会の権限と総裁の権限との区別・分立の不透明と曖昧さが引き起こした権力の競合・衝突により、就任後わずか6ヶ月で辞任したという事件に集約されています。この事件を教訓として世銀は理事会と総裁との権限の機能的違いに関する理解を以下のように文書化しました。理事会は「貸付の承認も含めて銀行業務に関してすべての政策事項の指揮に対する責任を有する」そして総裁は「理事会の意思決定を必要とするすべての政策事項に対する勧告・進言の作成に対して責任を有する」と明確に定めたのです。ADBは世銀の経験を踏まえて、理事会の責任権限を「銀行の一般的業務の運営」に規定し、総裁の権限は「理事会の指揮の元に、銀行の経常的業務を行う」と定めたのです。欧州復興開発銀行もADBと同じ文言を使用しているのです。

   ところが、中国が関与した「新開発銀行」は世銀の協定の文言を一字一句そのまま踏襲しているのです。つまり権限の区別・分立を意図的に曖昧にして権限が競合するようにしています。その理由はBRICS諸国がもつ特異な事情が在るからです。創設国5カ国が、主権平等原則に基づき均一の出資金を出し同数の株式を保有し、総裁は5年任期で再選なしで創設国5カ国間でローテンションで選出されるという独特の制度を持ち、副総裁は総裁が選出された創設国以外の残りの4カ国の創説国がそれぞれ一名を総裁の進言に基づき総務会が任命するのです。つまり総裁も副総裁も同格なのです。このような枠組みの中で、副総裁に対して「理事会が決定するところに従い、権限を行使し、及び銀行の管理の任務を遂行する」権限を与えている一方で、総裁にも「役員及び職員の組織及び任免の責任と副総裁の任命及び罷免を総務会に進言する責任」を負わせているのです。まして、総務会の副総裁に対する任免権は理事会に委任できない総務会の独占権限とされてなく、理事会に委任できる権限なのです。

 以上の経過を踏まえたときに、理事会が銀行の本部に常駐する常設理事会であるか否かが銀行業務の監督・チェックをする上に重要になります。理事会が本部に不在ということは、各々の理事がそれぞれ自国に在住するままで、理事会に提出された審議議案に関して一人の理事に対して総裁からの「一本釣り」に遭うことになります。言わずもがな、中国の最も得意とする、第三者の仲裁や法の支配を退け、当事者だけでの「二国間の話し合いと交渉」なのです。常設理事会が存在しないことは直接的に総裁の権限増大に繋がるのです。ということは、実際にどのようにAIIBの開発業務が遂行されるかということが根本的な問題になります。

      4. 国際開発金融機関と主要加盟国の期待

 

 主要先進国は国際金融機関(International Financial Institutions)の加盟国として、IFIsを各々の対外政策を追求する手段として利用してきました。これらのIFIsはマルティラテラルな機関なのです。そこにマルティラテラルな機関の故に国際機関が採択し執る政策の真の発案国の姿が都合よく隠されるという利点があるからです。そこで問題の焦点となるのは、AIIBの発起国である「最大株主」としてのAIIBの意思決定プロセスに於ける中国の影響力とその投票権の力であり、それこそがAIIBの政策の中身を決定して行くからです。そして、その政策は表面的にはAIIBの政策であり、中国の政策ではなくなるのです。結果としては、AIIBの政策と中国の二国間援助政策が重複するわけです。これは中国の輸出入銀行の過去の業務記録を検証すれば明らかなことです。(See Eisuke Suzuki, “Bi-lateral Policy Orientation in the Multilateral Development Policy: A Challenge for the China Exim Bank and its Accountability,” Chinese Journal of International Law, Vol. 6, 2007, pp.127-133.)

 どの国の輸出入銀行でも、その本質はその国の国益を追求する政府機関なのです。その国の政府の政策を促進するために存在するのです。但し、中国の輸出入銀行は、他の先進国の輸出入銀行とは違い、国の政策の指示を促進することにより忠実であり、そのことに、より注意と関心を払っていることなのです。他の先進国の輸出入銀行は、開発に関してのガヴァナンス、説明責任、情報の開示、意思決定プロセスに関する透明性、反腐敗、性の平等、環境の保護、プロジェクトの持続可能性などの多国間で合意された基本政策に対して、非政府団体(NGO)を含む市民社会の活躍もあり、より真摯に向かい合い注意を払っているのです。それに比べ、中国輸出入銀行はアフリカや中南米で他に比類ない勢力を持って中国の対外政策を追求しているのが実情です。多分、それがAIIBが実際に稼動した暁の本当の姿でしょう。中国の政府機関は人民解放軍も含めて、すべて中国共産党の指令下に置かれているからです。

 中国にはお金が溢れています。そのお金は当然どこかに捌け口を求めます。お金を出せばなんでも手に入れることができるのです。路上から拉致された幼児でも、病院で生まれた赤子でも。いまや軍隊のランクまでも売買の対象になっている国なのです。もちろん国外にも中国の富から潤いたいと思う人もたくさんいます。他のIFIs と同じようにAIIBのビジネスというものは「仲介業」なのです。簡単に言えば、ものを売り買いするプロセスの中でその度に発生する価格の差額をもとに利益を作り出していく「仲買人」なのです、お金はインフラ・プロジェクトに必要な資金を都合してもらいたい人がいれば、どこまでも追って行きます。香港の中国への返還から瞬く間に「欧米型のビジネススタイルから賄賂(わいろ)と接待で権力者とのパイプつくりに血道を上げるチャイニーズモデル」へと変貌していったことを想起すればよくわかるでしょう。(富坂 聡、『中国という大難』)誰がこのAIIBの融資の最大の恩恵を受けるのでしょうか。言わずもがなですが、まず中国の建設会社とインフラ工事に必要な機材、物資とその他サービスを提供する会社です。

借り入れ国でない先進国もAIIBの調達に参加しており、重機器、精密機械、コンサルティング・サービスなどのサプライヤーの国としてこの「仲介業」プロセスに参加しているのです。「偉大な中華民族の複興」という「中国の夢」の実現に協力することによって、その見返りとして、将来おきうる潜在的商取引に他の諸国よりも好条件で商談をまとめることができるという「うまい話」を期待するからです。あの膨大な中国のマーケット・サイズとその市場が提供するビジネス・チャンスを考えれば、このような淡い期待を持つのも自然なのかも知れません。19世紀に米国が中国の利権獲得に関して「門戸開放」政策を列強に対して要求したのと同じ思惑なのです。

 その期待を大事に育み現実のものにするため、中国の悪口は言わないという三猿原則「見ざる、聞かざる、言わざる」が作動するのです。英国が香港の高校生による北京に支配された選挙制度に反対する市民デモ、所謂「雨傘革命」に対して何ら有意義なコメントを発しなかったことに現れています。したがってAIIBは国際的な賄賂、汚職、腐敗の温床になる可能性があります。まさに、中国の賄賂、汚職、腐敗という国内システムの国際化なのです。まして「過剰生産能力」と「余剰労働力」がセットとして輸出されるインフラ事業を支援するのですから、これこそ完全な「賄賂・汚職・腐敗プラント」の輸出になりうるのです。

   5.加盟国の調達原則?

    AIIBの57カ国の参加国の中には明らかにアジアの国ではなく、開発途上国として開発援助を必要としている国々があります。援助の恩恵を享受できないのであれば何故参加するのでしょうか。通常は先進国として開発プロジェクトの機材・物資の調達の機会に参加するわけです。それは、国際開発金融機関に出資することが自国の産業界の海外進出に役立つからです。ですから、ADBのような地域銀行では開発プロジェクトの調達に参画できる企業の資格を加盟国の国籍を持つ会社であり、同時に売買する機材・物資は加盟国内で生産・製造されたものと規制されています。地域銀行の中でこの原則を適用していないのはヨーロッパ復興開発銀行だけです。昨年設立されたBRICS諸国による「新開発銀行」もこの加盟国調達原則を導入しているのです。もちろん、国際機関に採用される職員は加盟国の国籍を保持するものに限られています。

 

 

III.

 すでに中国人民銀行の周小川総裁は今年4月18日IMFに対して人民元IMFの国際準備資産の通貨バスケットに入れるよう要請したのです。つまり人民元をユーロ、日本円、英国ポンド、及び米ドルと同等に扱いIMFのSDR構成通貨の一つとして認めるということです。このことからも明らかであるように、中国は人民元金融圏を創りだす目的で人民元を国際通貨として認知してもらいたいのです、そのためにもAIIBは格好の道具であり、積極的に利用すべき組織なのです。おそらく、AIIBの融資によるインフラ・プロジェクトの中国からの調達の支払い通貨は人民元が使われるのでしょう。

   人民元が国際決済通貨として使用される度合いが増せばますほど中国のブレトン・ウッズ体制への挑戦となります。膨大な陸のシルク・ロードと海のシルク・ロードと言われる「一帯一路」の大計画は「人民元金融圏」の構築への一翼を担うものです。その中国の望みを援助するのに「助っ人」として一役買って出たのが英国なのです。かつての植民地香港の宗主国として、たとえ英国系資本の巨大商社であった、ジャーディン、ウィロックマーデン、ハチソン・ワンポア、スワイヤーという「四大」がすでに中国銀行グループ、招商局グループ、華潤グループ、香港中国旅行社グループに取って代わりさらに香港の長江グループ、船主のY・K・パオも加わった華人にとってかわっていますが(富坂聡、前掲書)、英国は依然として広く深い人脈を築き上げてきたのです。その中心となっているのがかつての香港上海銀行、現在のHSBCだといわれています。という訳で、英国が「特別な関係」を持つ米国の要請をあえて振り切ってG7の発端を切ってAIIBへの参加を表明した裏には、中国の人民元の国際通貨化とユーロ人民元市場の開設に英国が協力することを約束したのでしょう。くしくも、今年3月のウイリアム王子の訪中とその11日後に英国の参加が表明されたのです。英国にとって、長らく疲弊し、低迷する経済を再生させるためには中国からの投資はあり難いものなのです。英国は、国際金融のメッカであるロンドンのシティーを拠点にしたユーロ人民元市場の開設に手を貸すはずです。

    人民元の国際通貨化は「一帯一路」構想を実現する上に必要な資金源を確保するためにも必要なのです。どの国際開発金融銀行でもその金融業務に使う資金は手持ちの設立原資ではなく、主として国際金融市場、所謂国際キャピタル・マーケットで起債をして資金を調達してくるのです。ということは、日米が参加しないAIIBが実際にキャピタル・マーケットでその債券を売って、採算の取れる価格で資金を調達できるか大きな疑問符がついています。まず、トリプルAという世銀やアジア開銀なみの格付けを得られないからです。AIIBはすでに指摘したように「仲介業」であり、マーケットからの資金の調達コストとその資金を借り手の途上国へ貸し付ける利子との差額で利益を上げて、金融業務を行っているのです。途上国は自らマーケットから資金を借りることができないか、あるいはコストが高すぎて資金を確保できないので国際開発金融機関の加盟国として資金を安く借りるのです。ですから、AIIBはマーケットでの資金調達コストができる限り低価格でなければならないのです。AIIBの資金調達コストが高くなれば、そのコストは直接的に借り入れ国である途上国が支払う金利に跳ね返ります。そうなれば借り手は逃げ出します。金融業が成り立ちません。

    中国がAIIBを成功させるためには日本を必要としているのです。AIIBの格付けを良くしなければ最大株主である中国だけの信用度だけではマーケットから金融業務を遂行するために採算の合う資金の調達は難しいのです。悪化した日中関係の改善が始まるように見えたバンドン会議での習近平国家主席の安倍首相に対する振る舞いは、如何に中国が日本を必要としているかの証なのです。人民元の国際通貨化が実現しない限りAIIBは運用資金を調達できなくなるからです。日本の参加と人民元の国際通貨化こそが中国が同時に追求している政策なのです。英国のウイリアム王子の訪日と訪中が前後におこなわれたということが印象的です。     

 

IV.

   日本のAIIBに対する慎重な態度に対してAIIBの不透明さを理由に参加しないのではなく、もっと積極的にその懸念事項や問題点に加盟国として取り組むべきであるという意見もかなり根強く存在します。当然のこととして、加盟国となれば内部から組織の運営の仕方や貸付業務の審査やプロジェクト遂行の方法などに対してより緻密な監督をおこなうことができるはずです。しかし、一つ忘れてはならないことがあります。それは、このAIIBという国際機関は一党独裁のもとで政をおこなう国家の首都にその本部を設置するという歴史上初めての試みなのです。中国共産党の公式見解からの逸脱した考え・意見は許されないという思想的環境に晒されるのです。

    ものごとの、特に国際組織の慣行や制度・手続きに関する修正、改善、改良、改革、変革などはすべて一定の共通なルールを持つ「土俵」の上で意見交換、議論、討論を忌憚なく自由な環境の中でおこなうことが必須状件です。中国にはそのような基本的な自由、表現の自由報道の自由、通信の自由、結社の自由、集会の自由、思想の自由、など一切の自由が存在していないのが現実です。通常、国際機関は例外なく国際法上認められている「特権と免除」を付与されています。これらの「特権と免除」は様々な加盟国の国内法の規制・拘束に制約されずに、国際機関が効果的にその目的を達成し、及び与えられた任務を遂行することができるようにするためにあるわけです。インターネットの使用も中国政府の独断でもって禁止されるという国内事情を抱えている国で、国際機関としての加盟国からの独立と組織の自治と自律性を維持することが許されるかどうかが問題なのです。             

    中国が持つ膨大なマーケットの誘いには、どの国の経済界も目が眩み、易々と抵抗できないのです。インフラ資金の需要は否定できないのです。アジアはAIIBを必要としています。現在進められている設立協定の作成には、すでに加盟国の出資比率で合意を見なかったことが判明しました、そもそも域外国の数が域内国の数よりも二倍もあるというのに、域外国に対して僅か25パーセントしか出資比率を割り当てないという自体が一般的な域内国対域外国の60対40という出資比率の国際慣行に準拠していないのです。今後の進展は中国が如何に柔軟に出資比率交渉に臨むかによっています。56カ国を相手にするのですから発起国の中国としても独善的な態度で莫大なチャイナ・マネーを振りかざしても傍若無人な行動は取れないでしょう。

    経済大国として世界第2位の地位を手にし、さらに軍事大国として成長しつつある中国が責任ある国家として国際社会でリーダーシップを執り国際慣行に則り行動できるか否かの試金石がこのAIIBの設立なのです。但しAIIBの設立構想は多国間の協議や強調のプロセスから出てきたわけではなく、中国共産党中央政治局の政策決定・指令として出てきているわけですから、政府の行動がその指令に逸脱することはありえないでしょう。それがAIIBの実態だと考えます。❤

 

 

∗ フィリピン共和国マニラのアテネオ・デ・マニラ大学ロー・スクール教授。元アジア開発銀行法務局次長、業務評価局局長、関西学院大学総合政策学部教授